居場所はありますか

★例えば家族であれば共に食卓を囲み、話に興じながらご飯を食べる、そして家族の

 

誰もが話の輪に入りながら、あれやこれやと日々の出来事を語ることができれば、

 

家族全員に家庭という居場所があるわけです。当たり前ですが・・・。

 

また職場であれば朝、自分の席に着き、自分のパソコンがあり、左右や前後に同僚が

 

居て、仕事に関して、プライベートに関して語る機会があれば、ここでも自分の居場所

 

があるということです。こう考えると居場所とは先ず自分が居て、周囲との関係が

 

存在することで成り立ちます。

 

★居場所が無い場合、こうした人間関係が無いか、薄いというケースがあります。

 

家に居ても食事は自分だけ独りで摂る、それも望んでのことでなく仕方なく独りで

 

摂るということになると、これは居場所があるとは言えないでしょう。身を置く場は

 

在っても心の置き場がない、職場も同じです。身体と心は共に存して自分の存在を

 

確認できます。こんな当たり前のことも享受できない人も現代では少なくありません。

 

★明日は月曜日で、また仕事が始まる・・・と日曜日の夕方、気に病む人も少なく

 

ない中、家族や友達と語り合えば、そのストレスも軽減されます。でも誰にも話せず、

 

自分独りだとすれば、そのストレスは自分だけで担う他なく、ちょっと苦しいですね。

 

自分と繋がっている人が居る、という状況はとても有りがたいです。心が安らぎます。

 

★自分が、その場に居て、周囲の人は自分を空気のように感じている、ということは

 

考えてみると幸いです。あなたはそこに居る権利がある、そこに居ていいんだよ・・

 

ということですから、これは幸せです。私の周りにも自分が気づかないだけで居場所の

 

無い人が、またはあったとしても居ずらい人が居るかもしれません。そうした人の

 

存在は、本人だけでなく時の経過と共に、結果的には周囲の人にも良くない影響を

 

与えることになります。

 

★もし今、自分の居場所がある、だから心は平安である、と安心している方は周囲を

 

見回して居場所が無い、か居ずらいのでは?と思える人に声を掛けることが人助けに

 

なりそうです。かくいう私も目を見張りながら居場所探しをしている方々に声を掛け

 

たいと思います。と言うは易し、行うは難し・・・なのですが。