縁が無ければ伝承もない

◆私たちの周囲には先人から受け継いだ伝承が沢山あります。家庭内を見渡せば

 

味噌汁の味も伝承、お正月の過ごし方も家族によって違いはあっても習慣めいた

 

ものがあります。それも伝承、地域の祭りも伝承だし、消防団の宴会の進め方も

 

伝承です。職場でも仕事の進め方は先輩社員が築いた習慣や手法の伝承があります。

 

何かを指して伝承という時、そこには他にも色んな方法を採ってみたが結局、この

 

方法が一番よかった・・・だから採用しているという意味合いが含まれています。

 

◆伝承は口伝、文章、実践等々によって伝えられます。それも人と人との関係が

 

あってこそ成り立つことを考えると、ここでも縁が大事だということに思い

 

至ります。就職して、その会社の先輩や上司と会わなければ伝承は起こりえません、

 

夫婦が子どもを儲けて一つ屋根の下に住むという縁が無ければ家族の伝承は無いの

 

です。

 

◆こうした伝承が実は日常生活の基盤を支えています。ところがこの数十年は

 

伝承が無い、または希薄になっています。かつては味噌は自宅で造るのが農家では

 

当たり前でしたが今はお店で買ってきます、これによって自家用としての大豆を

 

作る農家は減り、その周辺の作業も無くなりました。そうした作業を通して親は子に

 

味噌の作り方以外の多くの情報を伝えていたはずですが、味噌作りが無くなると

 

味噌以外の伝承も無くなります。

 

◆私の周辺を見渡しても伝承が沢山ありますが、ふと自分は何かを伝承しているかと

 

問われれば心元ないのです。専門的な知識やスキルを伝えるでも良いのですが、

 

恐らくもっと大事なことは日々の生活を送る上で、人としての特質である寛容の

 

精神の発揮や隣人を愛する、・・・という人として当然、期待される作法、振る舞い

 

を実践し、子どもや家族、職場の仲間、地域のお隣さん等々に伝える習慣が自らの

 

人生を有意義にするのでしょう、書きながら当たり前の結論になってしまいました。